ページ

2013年3月9日土曜日

秩父の「武甲温泉」にて、春の気配


 今日は3月なのに気温は20度越えのポカポカ陽気。冬の間、近場しか行かなかったから久々に遠出してみることにした。行先はテキトー。とりあえず、都市部の温泉は混んでる可能性が高いので、青梅方面に向かってみることにした。山方面は信号も少なくて、走っていて気持ちがいい。暖かいので、走っていても爽快だ。春の陽気に誘われて、気の向くままに走り続け、秩父まで来てしまった。これ以上進むと、帰りに日が暮れて寒くなりそうなので。いつものようにアプリの「温泉天国」で周囲の温泉を探してみる。
 さすがに山辺だけあって、いくつも温泉が見つかる。行ってみたい温泉もけっこうあった。だけど、時間はすでに午後4時。早めに温泉に飛び込んだ方がよさそうだ。そう思っていたところ、ちょうど武甲温泉の案内表示が見えたので、指示通りに右折した。「温泉天国」でチェックして気になっていたので、とりあえずは無難な選択だ。宿泊もできてキャンプ場も併設しているので、知っておくと便利かもしれない。
 建物は一見こじんまりして見えるけど、中に入ると意外と広々としていることに、やるね、と心の中でつぶやく。流行りのピカピカ温泉とは異なり、ほどよく寂れて昭和テイスト。地元感漂う湯る~い空気が漂っていて、僕の好きなムードだ。温泉に期待しながら温泉旅館らしい細長い廊下を歩くのが好きだ。途中に古くさいUFOキャッチャーがあったりして、ちょっとした旅気分を味わえる。
 さっそく露天風呂へ。これがなかなか広々していて開放的。ただし、景色がいまひとつなのが残念。やっぱり山の温泉に来たのだから、当然、山を眺め、あるいは渓流を眺めながら湯につかりたいもの。
 だけど、贅沢は言うまい。
 土日で800円という安い料金で、自然の息吹を感じられるなら来た甲斐があったというものだ。
 湯は滑らかで、温度もほどよく、長く入っていられる心地よさ。じわじわ肌に効いてくる感じがあって、やっぱり温泉はいいなあと感じ入る。単純硫黄温泉ということだけれど、たしかにシンプルでさっぱりとした印象の温泉だった。硫黄臭はほとんど感じないレベルで、かすかに漂っている程度。腕を撫でてみると、湯がまとわりつくように滑らか。
 ドライブがてら立ち寄った観光客だけでなく、地元の人も多いらしく、露天風呂には数人の爺さんが、半身浴をしながら会話を楽しんでいる。その対面には、驚いたことに露天風呂にスマートフォンを持ち込んでいる50代後半らしき男性。しかもイヤフォンをして、動画を見ているらしい。風呂でそんなことをしている人をはじめて見た。風呂に入るときくらい、デジタル機器をOFFにすればよいのに……と思う。東京近郊の温泉に行くと、ときにこうした奇妙な現代人の姿を目にする。目をとじて自然の音に聴き入った方が贅沢だと思うのだが。
 そういえば、以前、温泉に携帯を持ち込んでバカ騒ぎをしている10代後半くらいの集団がいて興ざめした記憶がある。少年たちは、みんなで大股開きをして写メを撮って大騒ぎをしていた。風呂でカメラはマナー違反だ。若気の至りなんだろうけど、周りの人に気を使わない若者たちが増えている実感がある。ただしそれは、若者だけの話ではなくて、前述の50代後半男性のように、大人であってもわきまえていない人が増えているのだとう思う。
 露天風呂でスマートフォンは興ざめでしょう。
 いつものように二度、露天風呂を出たり入ったり。外で湯冷ましをするにも、ほどよく暖かくて、気持ちがいい天気だ。外で裸でいても、苦にならない気温というのは久々の感覚。毎年思うことだけど、日本の冬は本当に長い。
 その次は内風呂へ。こちらはジェット気流になっていて、しゅわっと爽やかな印象。傾きかけた陽の光が差し込み、いい塩梅だ。
 水風呂でクールダウンして出ようとしたところ、目立たない入口のサウナがあることに気づいた。サウナ好きの僕として、入らないわけにはいかない。
 中はけっこう狭い。それほど混んでいなかったので、よかった。都内のサウナだとたとえ広くても、人でぎっしりだったりするから、やっぱり人口密集地域から少し離れた方がマシだ。
 やはりここも地元率が高くて、3人の爺さんが汗を滴らせながら会話を楽しんでいた。その一団が出ていき、かわってお笑いコンビ・テンダラーの浜本似の初老の男性が入ってきた。タオルをほっかむりして奥で耐えていた老人とは知人らしく、また会話がはじまる。こうした大らかさは、都内の温泉ではあまりないかもしれない。
「1月に何度か来て、先月は一回も来なかったんだけど、風呂券が外に連れて行ってって言うから久々に来たよ」(テンダラー浜本似男性)
「風呂券ってなに?」(奥の老人)
「風呂のチケットですよ」
 僕をはさんで会話がはじまる。べらべらと喋り続けるテンダラー浜本似の男性がちょっとうるさいかなと感じていたところ、奥の老人がサウナを出ている。これで静まるだろうなと思っていたら、テンダラー浜本似の男性は喋り足りないらしく、そのまま独り言をつぶやきはじめた。何を言い出すんだろうと聴き耳を立てていたが、やがてサウナが効きはじめたらしく、寡黙になって耐えはじめた。
 従業員のおばさんが入ってきて敷かれたタオルを取り替えはじめたので、いつもより少し短い7分ほどでサウナを出ることになった。やっぱり従業員と地元の人も身近らしく、「さっき電話したのあんたやろ」と従業員のおばさんが、テンダラー浜本似の男性に言う。
 サウナ付の温泉では、いつもは1時間半は出たり入ったりするが、さすがに遠方なのでそんなにゆっくりもしていられない。水風呂にざぶりとはいって、温泉を出ることにした。
 この温泉でいいなと思ったことの一つが、脱衣所と併設した広々とした屋外の一服スペースだ。風呂上り、上半身裸で吸うタバコは本当に美味い。いい塩梅になって耳を澄ますと、横手に川のせせらぎが聴こえた。柵がなければもっと最高の気分になれるだろうに。
 ほてった身体に諒をとっていると、露天風呂の方から爺さんの会話が聴こえてきた。
「俺は70歳になるけど、これまで一冊も本を読んだことがないんだよ。マンガ本も。読めねえんだよな」
 そんな人がいまだにいるのかと驚きながら耳を澄ました。なんだか自慢げに語る老人の声に、秩父という東京に近い位置にありながら、山深い土地で暮らす人の気質を感じた。
 風呂を出て畳が敷かれた休憩所へ向かう。昼食をとっていなかったので、定食を頼むことにした。こちらも禁煙ではなくて、タバコを吸いながら休むことができる。タバコを吸わない人にはわからないだろうけど、食後の一服と湯上りの一服は最高に美味しいのだ。だから、喫煙所が隔離されたチェーン店の温泉施設は、いいんだけど、どこか精神的拘束感を感じてしまう。温泉の良さは、普段は羞恥心があって服を着ている人間が、素っ裸になって自然の恵みと解放感を味わい、精神を解き放つことだと思う。マナーは大切だけれど、システムやルールが前面に出過ぎると、気持ちよく解放感にひたれないのだ。だから、こうしたあんまり小うるさいことを言わない温泉はとても好印象だ。飯もなかなか美味かった。
 春は日中と夜の温度差が激しい。早めに帰ろうとバイクを飛ばしたが、思ったほど寒くはなかった。自宅まで2時間半。日帰りツーリングにはほどよい時間だ。今度はもう少し奥に行ってみようと思う。秩父には手ごろな温泉がまだまだありそうだ。


■秩父湯元 武甲温泉
http://www.buko-onsen.co.jp/s_cont.htm
埼玉県秩父郡横瀬町横瀬4628-3

0 件のコメント:

コメントを投稿