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2013年3月19日火曜日

春の陽気に誘われ、ほどよく「高井戸美しの湯」



 本日の東京の最高気温は25度。半袖でもいいくらいの陽気に、気分も軽やかになる。実は一昨日、自分のミスで大失態をおかしてしまって、昨日はずいぶん落ち込んだ。今日は天気がよかったおかげで、いくぶん気持ちも回復。何カ月もかかっていた仕事も切り上げることができ、気晴らしの散歩がてら高井戸の美しの湯に向かうことにした。
 神田川沿いを歩くと、僕の家から30分ほどで温泉につく。三鷹台から久我山にかけての道は、桜の季節になると桜のトンネルのようになる。ここしばらく暖かかったため、すでにちらほらと桜が咲きはじめていた。なんて清々しい陽気なんだろう。風景を眺めながら歩くうちに、気がつけば高井戸だ。
 のんびりした自然の遊歩道はここまで。車が途切れることなく行き交う環八と交差し、そこから先は、密集した住宅街となる。
 実は吉祥寺の井の頭公園から神田川を下り、海まで歩いたことがある。5時間ほどのコースだったが、神田川はうねるように流れていて、吉祥寺から永福町方面に歩いたかと思えば、今度は左に逸れて高田馬場に出る。南こうせつが歌った「神田川」のイメージから高田馬場の学生街が思い浮かぶが、実は神田川は井の頭公園から続いていることにあらためて驚かされた。同じ川なのに、上流と下流でまったく川の雰囲気が違うのだ。ついには飯田橋のビル街へと流れ、やがて神田川は道路の下になってほとんど見えなくなった。たまに川が顔を覗かせるが、用水路のように茶色く濁っていて、上流の澄んだ小川と同じ川とは思えない。どうにか湾岸まで辿り着いた頃には、あたりは暗くなっていた。ただひたすら歩くという行為。東京の地形を感じながら、のどかな自然から密集するビル群まで、一挙に東京を観察したような気分になれた面白い体験だった。
 とういわけで、ほどよく歩いて高井戸温泉である。ここへはもう何度訪れたかわからない。二日酔いの次の日や、ちょっとした自分へのご褒美。遠出するほどでもない距離に温泉があることは、本当にありがたい。ことあるごとに僕は高井戸温泉に来るのだ。
 利用したことはないのだけれど、ここにはプールも併設されていて、土日祝は1200円の温泉料金でプールも利用できる。平日は900円の手ごろな値段。さすがに都会の温泉だけあって、土日は混んでいるので、やはり平日がいい。
 湯は東京の定番といっていい濃い茶色で、ほどよく身体に染み込むような湯ざわり。広々とした露天がなかなか気分がよく、空を眺めれば、ここが都会の一角であることを忘れてしまう。ほかには縄文窯風呂やボディジェットがあって、そのときの体調や気分で、入ったり入らなかったり。座り仕事で腰痛が悪化したときは、けっこうボディジェットに助けられたこともある。身体が浮きそうになるくらい強烈な噴射で、自分で身体を揺らすと、ちょうどマッサージしているような具合になるのだ。
 高井戸温泉の特徴は、客層の幅広さだろう。爺さんもいれば、いまどきの若者もいて、外国人も多く訪れる。田舎の温泉に行くと、地元の爺さんしかいなくて、余所者の自分がずいぶん浮いているように感じることがあるが、ここではそんな気分になることはない。本日は、演歌歌手のジェロを思わせる黒人と日本人のハーフらしき若者が友達と連れ立って来ていた。
 たっぷり温泉につかった後は、いつものようにサウナへ。あぐらをかいて即身成仏のような表情で天井を見上げている爺さんもいれば、全身毛むくじゃらの爺さんがいて、サッカーの本田を思わせる金髪に日焼けした若者など、本当にいろんな人がいる。
 じわじわと身体が熱をおび、肌に玉のような汗が浮かび上がる。我慢をして時間が経つと、ふと無心になれるからサウナが好きだ。そして水風呂に入り、しばらく湯冷ましに余韻にひたる。肉体の温度変化に頭が冴えて、時折ふといいアイデアが生まれたり、自分の考えがまとまったりするから、やはり温泉とサウナは日々に疲れたりしているときに、しばしば訪れるのがいい。
 いつものように三度サウナに入り、最後はまた露天で締めくくることにした。隣の露天風呂から聞き慣れない言葉が聴こえ、爺さんが「Are you Chinese?」と声をかけた。
 二人の若者は少し訛りのある日本語で、「ソウデス」と答えた。
 温泉で呑気に国際交流。なかなかいいじゃないかと思っていたら、爺さんが「最近いっぱい中国人の学生が日本に来てるけど、あれがなかなか日本語できなくて使えないね」と中国人からしてみれば、どう答えていいのかわからないようなことを言い出し、たちまち気まずい空気が流れた。単なる偏見の嫌味を聞かされても、苦笑いするしかない。中国人の二人は、目で合図をして露天を出た。そして、僕が入っている露天に移動した。二人は日本の温泉にはしゃいでいるようだった。目を閉じていると、弾むようなイントネーションの中国語が聴こえてくる。下手に言葉が聴き取れると、ときに人の会話を耳障りに感じたりするものだけれど、意味がわからない外国語はあまり耳障りではない。それにしても、不思議な響きの言語だ。
 見上げれば三日月。
 憑きものが落ちたように身体が軽くなり、僕は満足して湯を上がった。

 温泉を出た途端、目の前には延々と車が連なる環八道路というのが、この温泉の独特の個性だ。温泉には車の音は届かないが、外に出れば一瞬で都会の雑踏となる。それが寒々しく感じることもあれば、都会の風を感じながら颯爽と歩きたくなることもある。今日は日が暮れても暖かく、颯爽と歩きたい気分だった。帰りに久我山の中華料理屋に寄ろうと思いついた。肉厚の生姜焼き定食をふと思い出し、軽く一杯やりたくなった。
 しばらく歩いてから気がついた。あまりに身近な温泉すぎて、ブログ用に写真を撮ることを完全に忘れていた。僕にとっては当たり前すぎて、今さら写真を撮ろうなどと思い浮かびもしなかったのだ。
 まあいいや。高井戸温泉にはいつでも来ることができる。


■高井戸美しの湯
東京都杉並区高井戸西2-3-45

2013年3月9日土曜日

秩父の「武甲温泉」にて、春の気配


 今日は3月なのに気温は20度越えのポカポカ陽気。冬の間、近場しか行かなかったから久々に遠出してみることにした。行先はテキトー。とりあえず、都市部の温泉は混んでる可能性が高いので、青梅方面に向かってみることにした。山方面は信号も少なくて、走っていて気持ちがいい。暖かいので、走っていても爽快だ。春の陽気に誘われて、気の向くままに走り続け、秩父まで来てしまった。これ以上進むと、帰りに日が暮れて寒くなりそうなので。いつものようにアプリの「温泉天国」で周囲の温泉を探してみる。
 さすがに山辺だけあって、いくつも温泉が見つかる。行ってみたい温泉もけっこうあった。だけど、時間はすでに午後4時。早めに温泉に飛び込んだ方がよさそうだ。そう思っていたところ、ちょうど武甲温泉の案内表示が見えたので、指示通りに右折した。「温泉天国」でチェックして気になっていたので、とりあえずは無難な選択だ。宿泊もできてキャンプ場も併設しているので、知っておくと便利かもしれない。
 建物は一見こじんまりして見えるけど、中に入ると意外と広々としていることに、やるね、と心の中でつぶやく。流行りのピカピカ温泉とは異なり、ほどよく寂れて昭和テイスト。地元感漂う湯る~い空気が漂っていて、僕の好きなムードだ。温泉に期待しながら温泉旅館らしい細長い廊下を歩くのが好きだ。途中に古くさいUFOキャッチャーがあったりして、ちょっとした旅気分を味わえる。
 さっそく露天風呂へ。これがなかなか広々していて開放的。ただし、景色がいまひとつなのが残念。やっぱり山の温泉に来たのだから、当然、山を眺め、あるいは渓流を眺めながら湯につかりたいもの。
 だけど、贅沢は言うまい。
 土日で800円という安い料金で、自然の息吹を感じられるなら来た甲斐があったというものだ。
 湯は滑らかで、温度もほどよく、長く入っていられる心地よさ。じわじわ肌に効いてくる感じがあって、やっぱり温泉はいいなあと感じ入る。単純硫黄温泉ということだけれど、たしかにシンプルでさっぱりとした印象の温泉だった。硫黄臭はほとんど感じないレベルで、かすかに漂っている程度。腕を撫でてみると、湯がまとわりつくように滑らか。
 ドライブがてら立ち寄った観光客だけでなく、地元の人も多いらしく、露天風呂には数人の爺さんが、半身浴をしながら会話を楽しんでいる。その対面には、驚いたことに露天風呂にスマートフォンを持ち込んでいる50代後半らしき男性。しかもイヤフォンをして、動画を見ているらしい。風呂でそんなことをしている人をはじめて見た。風呂に入るときくらい、デジタル機器をOFFにすればよいのに……と思う。東京近郊の温泉に行くと、ときにこうした奇妙な現代人の姿を目にする。目をとじて自然の音に聴き入った方が贅沢だと思うのだが。
 そういえば、以前、温泉に携帯を持ち込んでバカ騒ぎをしている10代後半くらいの集団がいて興ざめした記憶がある。少年たちは、みんなで大股開きをして写メを撮って大騒ぎをしていた。風呂でカメラはマナー違反だ。若気の至りなんだろうけど、周りの人に気を使わない若者たちが増えている実感がある。ただしそれは、若者だけの話ではなくて、前述の50代後半男性のように、大人であってもわきまえていない人が増えているのだとう思う。
 露天風呂でスマートフォンは興ざめでしょう。
 いつものように二度、露天風呂を出たり入ったり。外で湯冷ましをするにも、ほどよく暖かくて、気持ちがいい天気だ。外で裸でいても、苦にならない気温というのは久々の感覚。毎年思うことだけど、日本の冬は本当に長い。
 その次は内風呂へ。こちらはジェット気流になっていて、しゅわっと爽やかな印象。傾きかけた陽の光が差し込み、いい塩梅だ。
 水風呂でクールダウンして出ようとしたところ、目立たない入口のサウナがあることに気づいた。サウナ好きの僕として、入らないわけにはいかない。
 中はけっこう狭い。それほど混んでいなかったので、よかった。都内のサウナだとたとえ広くても、人でぎっしりだったりするから、やっぱり人口密集地域から少し離れた方がマシだ。
 やはりここも地元率が高くて、3人の爺さんが汗を滴らせながら会話を楽しんでいた。その一団が出ていき、かわってお笑いコンビ・テンダラーの浜本似の初老の男性が入ってきた。タオルをほっかむりして奥で耐えていた老人とは知人らしく、また会話がはじまる。こうした大らかさは、都内の温泉ではあまりないかもしれない。
「1月に何度か来て、先月は一回も来なかったんだけど、風呂券が外に連れて行ってって言うから久々に来たよ」(テンダラー浜本似男性)
「風呂券ってなに?」(奥の老人)
「風呂のチケットですよ」
 僕をはさんで会話がはじまる。べらべらと喋り続けるテンダラー浜本似の男性がちょっとうるさいかなと感じていたところ、奥の老人がサウナを出ている。これで静まるだろうなと思っていたら、テンダラー浜本似の男性は喋り足りないらしく、そのまま独り言をつぶやきはじめた。何を言い出すんだろうと聴き耳を立てていたが、やがてサウナが効きはじめたらしく、寡黙になって耐えはじめた。
 従業員のおばさんが入ってきて敷かれたタオルを取り替えはじめたので、いつもより少し短い7分ほどでサウナを出ることになった。やっぱり従業員と地元の人も身近らしく、「さっき電話したのあんたやろ」と従業員のおばさんが、テンダラー浜本似の男性に言う。
 サウナ付の温泉では、いつもは1時間半は出たり入ったりするが、さすがに遠方なのでそんなにゆっくりもしていられない。水風呂にざぶりとはいって、温泉を出ることにした。
 この温泉でいいなと思ったことの一つが、脱衣所と併設した広々とした屋外の一服スペースだ。風呂上り、上半身裸で吸うタバコは本当に美味い。いい塩梅になって耳を澄ますと、横手に川のせせらぎが聴こえた。柵がなければもっと最高の気分になれるだろうに。
 ほてった身体に諒をとっていると、露天風呂の方から爺さんの会話が聴こえてきた。
「俺は70歳になるけど、これまで一冊も本を読んだことがないんだよ。マンガ本も。読めねえんだよな」
 そんな人がいまだにいるのかと驚きながら耳を澄ました。なんだか自慢げに語る老人の声に、秩父という東京に近い位置にありながら、山深い土地で暮らす人の気質を感じた。
 風呂を出て畳が敷かれた休憩所へ向かう。昼食をとっていなかったので、定食を頼むことにした。こちらも禁煙ではなくて、タバコを吸いながら休むことができる。タバコを吸わない人にはわからないだろうけど、食後の一服と湯上りの一服は最高に美味しいのだ。だから、喫煙所が隔離されたチェーン店の温泉施設は、いいんだけど、どこか精神的拘束感を感じてしまう。温泉の良さは、普段は羞恥心があって服を着ている人間が、素っ裸になって自然の恵みと解放感を味わい、精神を解き放つことだと思う。マナーは大切だけれど、システムやルールが前面に出過ぎると、気持ちよく解放感にひたれないのだ。だから、こうしたあんまり小うるさいことを言わない温泉はとても好印象だ。飯もなかなか美味かった。
 春は日中と夜の温度差が激しい。早めに帰ろうとバイクを飛ばしたが、思ったほど寒くはなかった。自宅まで2時間半。日帰りツーリングにはほどよい時間だ。今度はもう少し奥に行ってみようと思う。秩父には手ごろな温泉がまだまだありそうだ。


■秩父湯元 武甲温泉
http://www.buko-onsen.co.jp/s_cont.htm
埼玉県秩父郡横瀬町横瀬4628-3