2013年2月21日木曜日

「綱島温泉・東京園」でさすらい風呂



 綱島街道を走っていると、突然、赤い煙突が見えてくる。黄色い壁のこの建物がウワサの綱島温泉・東京園だ。神奈川なのに東京とはこれいかに?……という感じもするが、千葉や埼玉でもよくあるパターンなので、目をつぶろう。
 近頃流行りのスーパー銭湯のような一見シャレた外観だが、なんと昭和21年創業という古い歴史があり、実際に中に入ると、露骨なまでに昭和ムードが漂う間のびした雰囲気。元々、綱島温泉は「東京の奥座敷」と呼ばれる温泉地で、かつては80軒もの宿泊施設があったそうだ。
 ただし、勘違いされては困るのだが、東京園は老舗温泉といった風情ある雰囲気ではない。どちらかというと、老人の保養施設のようなそっけない雰囲気なのだ。当然、老人率は高い。だけど、若者や子供が騒々しい温泉施設よりも、老人が多い方がなんとなく落ちつけるし、安心する。
 料金は大人900円とごく普通。しかし、日中1時間半以内の入浴時間だと400円払い戻されるというから良心的だ。さらに16時以降は大人450円の公衆浴場料金になるから、きっと近所の人が銭湯のように利用しているのだろう。
 入口を入ってまず最初に軽くめまいを覚えたのが、玄関脇の販売コーナーだ。近頃は健康食や地域の名物などを販売している温泉施設をよく見かけるが、東京園の販売コーナーはかなり独創的で、いなごの甘露煮などを売っているのだ。その他の食品もじいさんばあさんが好みそうなものばかり。売ろうという気概がみじんも感じられないのであった。
 さらに靴を入れるロッカーは昔の銭湯のような木製の鍵。しかも、その鍵が真っ二つに割れていた。直す気はないのだろうか……。なんだか朽ちていくのをそのままにしているような諸行無常を感じてしまった。
 中は無駄にだだっ広い。ずらりと座敷風の席が並び、湯上りの人がぼんやりくつろいでいる。つまみをつつきながらビールを飲んでいる人も多いようだ。そして館内に響き渡るムード歌謡。なんという、ゆるさ!
 温泉がまた独特。中央にコロセウムのような円形の風呂があり、みんな輪になるようにして温泉につかっている。あんまり見たことのないタイプである。しかも、昭和のポップアートのような黄色や赤や青の幾何学模様が壁に描かれ、天井には♂マークが……。ちなみに女湯の天井も男湯から見えるのだが、もちろん♀マークが描かれていた。明るい雰囲気にしようとしたのだと思うのだけれど、風情も何もなくて逆に愉快。ひと言で言えば、幼稚園児の落書きのようなシュールな世界観なのだ。
 湯はコーヒーのように濃い黒湯の天然温泉で、湯につかった途端、自分の身体も見えなくなるほど。湯はそれほど熱くなく、じわじわ効いてくる感じ。肌がすべすべになりそうな湯ざわりだ。
 あらためて周囲を見渡すと、やっぱり老人率が高い。気になったのは、途中で彫るのをやめてしまったような中途半端な入れ墨のおじさん。なぜかちらちらと目が合う(怖い感じではない)。その中途半端な入れ墨が申し訳なさそうで、この温泉にとても似合っているように感じた。
 4、5分つかって一度湯から出る。これが他の温泉施設なら、屋外の椅子にでも腰かけて涼むところなのだが、あいにく東京園にそんな気のきいた空間はない。普通の銭湯のような作りなので、ケロヨンと書かれたプラスチック製の桶の前で座って休むのがせいぜい。壁の幾何学模様を眺めたってしょうがないしな……。ちなみに風景と言えるかどうかは疑問だが、脱衣所がガラス張りになっていて、丸見えなのもここの特徴だ。しかし、ももひき姿のじいさんのストリップを眺めたって、ますますしょうがない。でも、このなんとも言えないゆるさが、東京園最大の魅力なのだ。
 涼む場所がないかわりに、水風呂がある。こちらも温泉を使った真っ黒な水風呂だ。ほてった身体にやんわり沁み込むようで心地よい。そして再び温泉にトライ。今度は「スーパーエステ」(なんの冗談か)と書かれた浴槽に入ることにしたのだが、湯が真っ黒なため、底が見えず、いきなり深くなっていて少々驚いた。という感じで3度ほど温泉と水風呂を繰り返し、それなりに満足。
 あとは休憩所でだらだら過ごすのみ。温泉好きは風呂以上に、湯上りのだらだら感を求めていると言っていいだろう。その意味では、東京園はだらだらできるスペースがかなり充実している。というか、すべてにおいてだらだらしていると言った方がいいかもしれない。脱力感だけはそこらの温泉に負けていない。
 あらためて見渡し、なんなんだこの空間は……と思う。まず、テラスに出て煙草を一服。庭が広くてなかなかの開放感だ。ただし、あんまり手入れした庭というのでもなく、ほったらかし感満載の庭。都会のエアポケットのような空間で、建物の向こうには車がビュンビュン走っている。ただし、車の音は聴こえてこない。なぜならずっとエコーがかかった演歌かムード歌謡が鳴り響いているからだ。
 奥にはドーム型の大広間があり、婆さんがうっとりカラオケを歌っていた。しかも曲は地元感たっぷりの「ブルーライト・ヨコハマ」。そして、驚いたことにじいさんとばあさんが社交ダンスを踊りはじめたのだ。しかも二組。身体を寄せ合いながら、のろのろとフロアで蠢いている。なんでも日曜になると社交ダンスが繰り広げられるとか。この光景を眺められただけでも感慨深いものがある。こういう文化、いずれは廃れていくんだろうなあ。
 持ち込み自由らしく、みんなで手料理を持参して宴会を開いているようだった。なんという自由な世界だろうか。いや、自由というよりカオスと言った方が相応しいかもしれない。みんな酒を呑んでご満悦の表情であった。
 食堂に行くと、魚の煮付けやホタテのソテーなど酒のつまみがやたらと充実。なんとなく、ラーメンが食べたくなり、頼んでみることにした。味は期待できないが、こういう場所のぬるいラーメンがオツな気がしたのだ。そして実際の味はというと、見たまんまの薄口しょうゆの中華そば。不味くもなければ美味くもない。何もかもが、そう……ゆるいのだ。
 2階があることに気づき、さっそく階段を上がってみることにした。2階にも大広間があり、カラオケセットが備え付けられていた。しかし、その広間にいたのは男3人のみ。その他は、小部屋になっていて、ソファーが置いてあるが誰一人いない。試しに座ってみると、いきなり老後を迎えたようないたたまれない気分になった。さらに奥に進むと、また大広間があった。こちらも人はまばらだ。寝るにはちょうどよさげな静けさであった。
 それにしても宴会場だけはやたらと充実しているな。最盛期にはけっこう人が入って盛り上がっていたのだろうか。温泉施設というよりは、宴会施設と言った方がいいくらいだ。温泉に入って、飲んで食べて、カラオケを歌うという豪華コースだったんだろうな。温泉というよりは、この異空間を楽しむのが東京園の醍醐味。時が止まったような奇妙な感覚が味わえる。
 再び階下に戻り、座敷席で横になっていると、吸い込まれるような眠気におそわれた。ラジウム温泉が効いてきたのだろうか。カラオケの演歌がだんだん遠ざかっていった。
 外に出て、すぐのところに鶴見川が流れている。釣り人仲間が集まってコンロで缶詰をあぶりながら缶ビールを飲んでいた。湯上りに、冬の風が心地いい。都会のぎすぎすした慌ただしさに疲れたら、ちょっと綱島温泉に足をのばしてみるのもいいかもしれない。何も考える必要のないまどろみがそこにある。

■綱島ラジウム温泉 東京園
横浜市港北区綱島1-8-11
http://www.tsunashima.com/shops/tokyoen/

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